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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1943号 判決

昭和五〇年(ネ)第一、一八二号本訴控訴人兼

同年(ネ)第一、九四三号付帯被控訴人兼

同五一年(ネ)第五八五号反訴原告

(以下単に「一審被告」という)

細田富雄

右訴訟代理人

根本昌己

外一名

昭和五〇年(ネ)第一、一八二号本訴被控訴人兼

同年(ネ)第一、九四三号付帯控訴人兼

同五一年(ネ)第五八五号反訴被告

(以下単に「一審原告」という)

古屋正義

右訴訟代理人

芹沢孝雄

外一名

右補助参加人

細田金蔵

主文

一  差戻部分について、一審被告の控訴にもとづき、原判決主文第一項中、一項被告に対し金三四万五、六七七円およびこれに対する昭和四〇年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員の支払を命じた部分(差戻部分)を次のとおり変更する。

(一)  一審被告は一審原告に対し、金一一万六、六七七円およびこれに対する昭和四〇年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  一審原告のその余の請求(金二二万九、〇〇〇円およびこれに対する前同様年五分の金員の請求)を棄却する。

二  一審原告の差戻後の当審における付帯控訴による追加請求を棄却する。

三  一審被告の反訴請求(民事訴訟法一九八条二項による申立)について、

(一)  一審原告は一審被告に対し、金三一万六、七八三円およびこれに対する昭和四七年一〇月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  一審被告のその余の反訴請求(申立)を棄却する。

四  訴訟費用(ただし、差戻後の当審に係属した請求にかかる部分)は、第一審、差戻前の当審、上告審および差戻後の当審を通じて、二等分し、その一を一審原告、その一を一審被告の各負担とし、補助参加によつて生じた費用は、補助参加人の負担とする。

五  第一項中一審原告勝訴の部分は仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一第一の土地がもと一審被告の亡父細田市郎の所有であつたが、同人が昭和二一年五月二六日死亡し、その長男(一審被告及び補助参加人の長兄)細田重光において旧民法所定の家督相続により、右土地の所有権を取得したこと、一審原告と一審被告とが東洋興発株式会社(一審共同被告)の仲介により昭和三八年七月一三日第一の土地について、一審原告主張の内容の本件賃貸借契約を締結したことその際一審原告が一審被告に対して右賃借権設定の対価(権利金)として坪当金一〇万円の割合による金二一〇万円を支払い、また、東洋興発に対して仲介手数料として坪当金二万五、〇〇〇円の割合による金五二万五、〇〇〇円を支払つたこと、その後重光において、第一の土地を第二の土地と第三の土地に分筆した上、昭和三九年六月二八日第二の土地を補助参加人に、第三の土地を第一被告にそれぞれ贈与し、所有権移転登記を経由したこと、一審原告が第二の土地上の建物建築工事に着手したところ、同年八月一九日補助参加人が、一審原告を債務者とする右建物建築工事禁止の仮処分命令を得てこれを執行したこと、さらに、補助参加人が一審原告を被告として右仮処分の本案たる建物収去と第二の土地の明渡請求の訴を提起し、右本案事件において同年一一月二八日補助参加人と一審原告との間に一審原告が右補助参加人から第二の土地を代金二三〇万円で買受ける旨の売買予約を締結することを内容とする訴訟上の和解の成立をみることは当事者間に争いがない。

二しかるところ、一審原告は、本件賃貸借契約は、一審被告が自ら貸主たる資格において一審原告と右契約を締結したものであると主張するのに対し、一審被告は原審において右の事実を一応自白しながら、差戻前の当審において右自白を撤回すると主張するので、まず、右自白の撤回の当否について検討する。〈証拠〉を総合すれば、一審被告は、不動産仲介業者である東洋興発の仲介によつて一審原告と本件賃貸借契約を締結したものであるが、右契約においては、一審被告は土地所有者である亡父市郎の相続人すなわち長兄重光の代理人として折衝締結したものである事実が認められる。そして、他に右認定を覆えして、本件賃貸借が、一審被告自身が賃貸人となる趣旨でなされたとの事実を肯認するに足りる証拠はない。

そうだとすれば、一審被告のした前記自白は真実に反し、かつ、本件においては特段の事情もないのであるから、同人の錯誤に基づいてなされたものと推認すべく、したがつて右自白は有効に撤回されたものである。

三以上のように、本件賃貸借契約は一審被告が第一の土地の所有者重光の代理人として締結したものと認められる。よつて、進んで一審被告が右賃貸借契約を締結するについて兄重光から代理権を授与されたかどうかについて検討する。〈証拠〉中には、一審被告が重光から右契約締結の代理権を授与されていたかのように解せられる部分があるけれども、右は〈証拠〉に対比してにわかに信用できず、他に授権の事実を認めるに足りる証拠はない。なお、〈証拠〉には、重光が一審被告に対して市谷台町一二番地の土地を賃貸する代理権を授与する旨の記載があるところ、右〈証拠〉の成立に関して、〈証拠〉中に、同号証は一審被告が記載したものに重光が押印したものである旨の供述があるけれども、右供述は〈証拠〉に対比して信用できず、他に同号証の成立の真正を認めしめる証拠はない。また〈証拠〉(昭和三八年一二月一日付代物弁済契約証書と題する書面で権利証となるもの)には、一審被告が市谷台町一二番の土地の賃貸に関する代理権を重光から授与されていたかのようにも解せられるごとき文言が記載されているけれども、〈証拠〉からすれば、同号証は専ら租税対策上作成された文書でその記載内容は措信できないものであることが窺われる。

四次に一審被告は、一審被告が無権代理人であるとしても、表見代理関係が成立するので無権代理人としての責に任ずるものでないと主張する。〈証拠〉中には、この点に関する一審被告の主張の裏付となるかのような趣旨の部分があるけれども、右供述部分はたやすく信用できず、他に一審被告の表見代理に関する主張事実を肯認せしめるに足りる十分な証拠はない。のみならず、ほんらい他人の代理人として法律行為をした者は、自己の代理権を証明することができず、また本人の追認も得られないときは、その法律行為の相手方に対し、無権代理人としての責任を免れることはできないのであつて、相手方がまず本人に対して表見代理を理由として当該法律行為に基く義務の履行の請求をすべきことを前提とし、その請求が効を奏しない場合に限つてはじめて無権代理人としての責任を負うという筋合のものではない。したがつて一審被告の右抗告は排斥を免れない。

五また、一審被告は、一審原告が補助参加人から第二の土地を買受けたことにより、無権代理による賃貸権を暗黙に取消したから、無権代理人の責を負わないと主張するが、右買受は、一審原告が補助参加人から提起された訴訟を和解によつて解決したものであること前記のとおりであり、一審被告との関係を一切解消させる趣旨を含むものでないことは明らかであるから、右抗弁も理由がない。

六次に一審原告の損害賠償の請求について判断する。一審被告は前説示のとおり本件賃貸借を締結するについて、土地所有者たる長兄重光を代理する権限を有せず、またその追認をも得ることができなかつたのであるから、右賃貸借のうち第二の土地に関する部分について一審被告に対して損害賠償の請求をなし得ることは明らかである。よつて損害の額について検討するに、右賃貸借契約締結にあたつて、一審原告が一審被告に対して坪当り金一〇万円の割合による権利金二一〇万円を支払い、また、東洋興発に対して坪当り金二万五、〇〇〇円の割合による手数料金五二万五、〇〇〇円を支払つたことは前示のとおりであり、手数料の金額を第二の土地と第三の土地の地積の比率によつて按分すると、第二の土地に関する手数料が金三四万九、〇〇〇円を下らないものとなることは計数上明らかであり、第二の土地に関する限り本件賃貸借契約の効力が土地所有者である重光及びその承継人たる補助参加人に及ぶものではないから一審原告は、他に法令による制約等がなければ、すくなくとも右金額に相当する損害を被つたものということになるはずである。

七しかし、本件賃貸借契約が締結された昭和三八年七月当時施行の宅地建物取引業法一七条、昭和二八年一〇月一日東京都告示九九八号によれば、本件の場合、仲介手数料(報酬)の制限額は、賃貸料の二ケ月分である金五、〇〇〇円であつて、本件第二の土地と第三の土地の面積の比率によつて按分すると、第二の土地の手数料の制限額は金三、三二三円となること、この制限額を超える金額について、一審原告が被つた損害として一審被告に損害賠償を請求することができるとするためには、特段の事情が存しなければならないことは、本件上告審判決の判断するところである。

そこで進んで右の特段の事情の有無について検討する。〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

一審被告はかねて知り合いの歯科医師鈴木録二に本件第一の土地の利用のため賃借人の紹介方を依頼し、他方、一審原告は東洋興発(担当者三好一弘)に対し、適当な土地の賃借のあつせんの依頼をしていたが、東洋興発の関係者が所在地の近くの歯科医師鈴木の治療を受けていたことから、第一の土地の賃貸借の話が具体化し、東洋興発の担当者三好と一審被告との間で話合いがもたれた。一審被告は、賃料額の点はともかくとして、権利金として当初坪二〇万円を希望したが、高すぎるといわれ、結局、後記の内金をいれる二、三日前に東京興発から一〇万円といわれて、これを了承するに至つた。一方、一審原告は東洋興発から権利金坪一三万円といわれたのを減額方を要望し、結局坪一二万五、〇〇〇円といわれてほぼ相場相当であると考えてこれを了承した。

そして、昭和三八年六月三〇日鈴木方応接室に一審原告、一審被告、鈴木録二夫妻、東洋興発(有賀専務、担当者三好)が集つて最終的に第一の土地の賃貸借について話合いをし、一審原告は一審被告に対し権利金二一坪分二一〇万円の内金として金一〇〇万円を交付し、ついで同年七月一三日、同じく鈴木方に前記関係者が集つて(但し東洋興発の有賀専務を除く)、本件賃貸借契約の契約書を作成し、一審原告から一審被告に対し権利金の残金一一〇万円が交付された。そしてそのあと、一審原告は三好に対し近所の喫茶店において仲介手数料として、坪金二万五、〇〇〇円の割合による金員合計金五二万五、〇〇〇円を支払つた。一審原告は仲介手数料が坪金二万五、〇〇〇円の割合で前記一二万五、〇〇〇円の中に含まれていることは、前記内金一〇〇万円を支払う時に始めて知り、内心高いとは思つたが、権利金、仲介手数料の両者を併せると、坪一二万五、〇〇〇円であつて、相場のようにも思われ、自己の腹づもりにも合しておりかつ、第一の土地を賃借したかつためために、東洋興発と、減額を折衝するもの今更得策でなく、やむを得ないと考え、右金員を支払つたものであつた(手数料の制限は直接は仲介業者に対する規制であるから、取引成立後客の方からその厳守を求めなかつたからといつてそれほど非難に値することでもなく、実際問題として厳守せよとして交渉しにくいのが通常と考えられる。)他方、一審被告は東洋興発に対する仲介手数料の額を知つたのは、本件紛争が起きてからであり、第一の土地の賃貸借について、東洋興発に対してはもとより、鈴木録二に対してもささやかな儀札上の物品はともかくとして、手数料またはそれに相当する物品を供与していない。

以上の事実が認められ、〈る〉。

右事実によると、一審原告は東洋興発に対し、本件賃貸借を無難かつ有効に成立させるべく、内心では高額(もつとも制限額違反とまでの認識があつたとする証拠はない)とは思いつつも前記の事情から前記仲介手数料の支払を余儀なくされたものと認められる。他方、一審被告は、当初素人の鈴木録二に話を持ち込み、後に不動産業者である東洋興発と、本件貸借について折衝を持ち、多額の権利金を取得しながらこれに見合う仲介手数料を誰にも支払うことなく実質的にこれを免れているものであつて、このようなことは、当事者双方が仲介手数料を負担するという社会常識に照らし、一般的ではない。

以上のような事情は 損害額が因果関係上仲介手数料の制限額にとどまるべきであるとすることに対する特別の事情にあたると認定するのが公平の観点から相当である(なお、手数料の制限額が賃料の二ケ月分だけであることは権利金の授受がある場合には、取引常識上低額過ぎると認められたため昭和四〇年以降は相当増額された。)以上認定に反する一審被告の見解は、採用できない。

八したがつて、前記制限額を超えて支払われて仲介手数料の額の損害と一審被告の責任との間に全く相当因果関係がないということはできない。しかしまた、制限額を大幅に超えている以上、全部につき相当因果関係があるとするのも妥当でない。そこで、同記説示の事実関係のもとにおいては前記仲介手数料の額のほぼ三分の一の限度において、相当因果関係がある損害と認めるのが相当であり、前記金三四万九、〇〇〇円のうちほぼ三分の一に相当する金一二万円の限度において、一審原告は、一審被告に対して損害賠償を請求することができると解すべきである。ところでそのうち金三、三二三円については上告審判決により損害賠償債権の存することが確定しており、結局、一審被告は、一審原告に対し、さらに金一一万六、六七七円およびこれに対する昭和四〇年二月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならないが、右を超える部分について支払義務はないというべきである。

九次に、一審原告の差戻後の当審における付帯控訴による追加請求について判断する。

1 一審原告は差戻後の当審において本件控訴審および上告審における弁護士費用を、不当抗争(不法行為)または賃貸借契約不履行を原因として、損害賠償の追加として請求する。

2 まず、差戻審において追加請求(訴の変更)をすること自体の適否についてみるに 差戻審は、上告が破棄理由とした判断に拘束される以外は特に制限なく前の審理を続行することができるから、各当事者は、訴の変更、付帯控訴、反訴等を各要件をみたすかぎり、することができる。したがつて、一審原告の請求の追加自体は適法である。

3 しかしながら、本件は一部破棄差戻にかかる事案であるから、右追加請求が、上告棄却部分の既判力を受けないかどうかは別問題である。よつて、この点につき判断する。

一件記録によれば、一審原告は、一審被告に対し、本判決摘示と同一の請求原因事実にもとづいて、第二の土地の本件賃貸借の仲介手数料金三四万九〇〇〇円(差戻後の当審で請求している金三四万五、六七七円を含む)、権利金一三九万六、〇〇〇円、大工費用一〇万円、補助参加人からの第二の土地上の建物にいての工事禁止の仮処分および一審原告に対する家屋収去土地明渡請求訴訟において要した弁護士費用金一五万円を含めて、合計金一九九万五、〇〇〇円の損害賠償の支払を求めて本訴を提起したこと、一審判決は、一審原告の右請求を全部認容したこと、一審被告の控訴にもとづき、差戻前の控訴審は、昭和四七年五月三〇日控訴棄却の判決をしたこと、一審被告の上告にもとづき、上告審は、昭和五〇年五月二三日、右控訴審判決中、一審原告の一審被告に対する金三四万五、六七七円(仲介手数料の一部)およびこれに対する昭和四〇年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員の支払請求に関する一審被告の控訴を棄却した部分を破棄し、右部分につき本件を当裁判所に差し戻し、その余の点上告を棄却する旨判決を言い渡したことが認められる。

また、一件記録によれば、一審原告は右損害賠償の請求について、一部請求の意思をとくに表示していないことが認められる。

右事実によると、一審原告の本訴請求は、不法行為または債務不履行ないし無権代理責任にもとづく一個の損害賠償請求権全部を訴訟物として提起したものであると認めるのが相当である(最判昭和四八年四月五日民集二七巻三号四一九頁、同昭和四五年七月二四日民集二四巻七号一一七七頁参照)。

したがつて、本訴請求についての既判力は請求原因事実にもとづいて一審原告の取得した損害賠償請求権全部について及ぶものと解するのが相当である。

そして、前記上告一個の訴審判決は、訴訟物である損害賠償請求権について、一部上告棄却一部破棄差戻の判決をしたものであるから、破棄差戻にかかる部分の請求(仲介手数料関係)以外は、本件損害賠償請求権全部につき、その有無が差戻前の当審口頭弁論終結日(昭和四六年五月一三日)を基準として確定されたものであり、一審原告が新たな損害を主張して請求を追加しても、裁判所は既判力に従い、右追加請求を認容することができないといわなければならない。

ただ、一審原告主張の弁護士費用は、当初の請求に含まれる別件の弁護士費用とは別のものであり、特にそのうち、報酬金三〇万円と上告審着手金一〇万円は差戻前の当審口頭弁論終結以後に生じたというのであるから、通常予想しえない後発的な損害として、当初の訴訟物に含まれないのではないかとの問題がありうるが(後遺症治療費に関する最判昭和四二年七月一八日民集二一巻六号一五五九頁参照)、当裁判所は、紛争の一回的解決の要請からして、きわめて意外な後遺症治療費等、不法行為被害者の救済ないし公平の観念上特に認めるべき例外の場合を除き、後発的な損害について、容易に、当初の損害賠償請求についての訴訟物に含まれない(既判力を受けない)として再訴を認めるべきではないと解するものであり、本件のように一部差戻の場合もその例外ではないというべきである(もつとも、当初から一部の請求であることを明示した場合は、別途考慮すべきである。最判昭和三七年八月一〇日民集一六巻八号一七二〇頁)。

4 また、本件の内容経過からみて、一審被告の抗争自体が新たな不法行為をなすとは到底いえない。そうすると、一審原告の弁護士費用についての追加請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないというべきである。〈後略〉

(小堀勇 奈良次郎 小川克介)

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